10%の体験を10%のままに留めない努力

草津戦のアクシデントについては仲間のブログにも弊ブログにも経緯として出ているとおりだが不可抗力とは言え未だに後悔の念が残る。
後悔している最大且つ唯一の理由はチームの力に成れなかったこと。身勝手な意見と誤解して欲しくないが、自分が試合を見られなかったこと自体についてはこれもフットボールの戦いの一部だと向かっている間に気持ちの中では昇華していたから大丈夫だった。しかしチームの力になれなかったことは事実で本当に申し訳なく思う。
自分としては試合10分前にダッシュで入る前にまだ0-0だったのは知っていたから、決勝点の最後の一押しとみんなと共に県民歌が歌えればそれで満足だったのだがそれも叶わず。
AWAYゴール裏ではピッチに向かって左奥を除いた殆どのサポーターが何らかの形で怒りの表現を行っていたことに事態の深刻さを身に染みて感じる。状況は理解していたものの試合の10%しか見ることが出来なかった私が声を出すことは試合全体を知らないのにモノを語ることになる。それこそ無責任な自己本意の表現になってしまうと感じ、立ちすくむしか無かった。それが如何ともし難い、むず痒い不思議な感覚。
堅苦しい話になるが、私はモンテディオ山形をサポートする意味を自分なりに考え続けることをいつも義務として自らに課している。自分が前橋で体感した10%の体験から生まれた10%の感覚を10%のままで留めてはいけない。100%の体験を得た仲間達の大声の叫び、批判、檄、さまざまな表現でチームに投げかけた言葉の意味をしっかりと自分は噛みしめて今後のサポートの糧にしていかねばならない。
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