モンテディオに感じる心の大きな距離
再開したなら再開したなりに書きたくなることが出てくるモンだな。
まあ、それでも前のようなモチベーションは全くないし、多忙な状態が続いているのであまり更新はしないつもりだが。無期休止期間を経た今でも未だに毎日千数百人/日のアクセスペース。まあアンテナ見たいだけの人が大半だとは思うけどね。程なくまた止めるつもり。本当は現行サイトとは別に、小さいスローライフなモンテディオブログを始めようかと先日まで思っていたのだが、連敗に関わる一連の問題で、そうも行かなくなったのが何よりも残念。
さて、現在のモンテディオを取り巻く問題。
年を追うごとにチームの中も見えなくなっているし、選手との距離感も広がるばかりのように思える。
例えば、2000年はゲームデイでも選手のサインサービスがあったしたが、今はそういった場もない。
運営と強化のそれぞれの思惑があるのだがろうが、練習の場や出待ちの対応があるからいいじゃないかと言えばそうでもない。練習の場に行ったり、出待ちをするサポーターはかなり熱心な部類の人達。入場するとき傍らに選手が居る状況はライトなサポーターや一見さんへのリーチも可能となる。
まだモンテディオに興味の薄い人達に身近にモンテディオを感じさせる機会をみすみすフロントは逃している。リピーターの顔ぶれがずっと同じで増えていないのも、前年と同じ活動と媒体のリファンのみを繰り返すだけの現状活動の維持で手一杯で、新規顧客の掘り起こしを行わないフロントの姿勢にあると思っている。
モンテディオが法人化した頃は選手が県内の主要都市で街頭に立ってPR活動を行っていたが、その場も消滅した。
街頭での告知活動には残念ながら即効性がない。リーチ出来る人々の数も山形の人口密度や都市機能の集約度も考えると限られる。
しかし、肉声と人の顔と顔を向き合わせるコミュニケーションは接触度が非常に高い。全く効果が見えない時期が長く続くだろうが、それにめげずに刷り込みを続け情報の積み重ねが閾値を超えれば、モンテディオを支持する人の流れが一気に生まれる。
成果を生むためには正しいと思ったことを逆境に負けず、信念と忍耐を持って続けることが重要だ。その努力を行わないモンテディオに私は強い不信感を感じている。
今成果が出ないから、即効性が無いからという理由で絶え間ない努力を行わないのは愚の骨頂だ。
スポットCMやニュースでTVに出たら良いってモンじゃないよ。
あの激動の2000年から6年経った。一昨日、6年ぶりに試合後スタンドでのフロントへの直談判が行われた。この6年でモンテディオの何が変わったのだろう。
広報の一部活動に積極性が認められるが、担当レベルの努力に負う部分が大きい。
モンテディオの活動全体で捉えてみると、大局的な動きは何ら変わっていないし、寧ろ逆行している部分もある。
今のモンテディオは2000年の抗議活動の時よりもサポーターとフロントの間に大きな心の距離を感じるチームになりつつある。フロントの現場は現状を認識していても、足かせが重く、現状を抜本的に改善することが出来ていない。
6年間蓄積してきた膿がここに来て一気にあふれ出てこようとしている。
樋口監督に関わる問題と共に考えて行かなければならないことがあまりにも多すぎる。
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