民族差別

4年目のブログはいきなり重い話から始まるわけだが、昨日の北朝鮮のミサイル発射、学生時代は朝鮮半島のミリタリーバランスをゼミ論で書いた私にとって興味深い出来事だった筈なのに、日本の安全保障の一大事だとニュースで喧伝されても、いまいちピンと来ない。

北朝鮮の外交カードとしての威嚇行為は今に始まったことではないし、国民の不安感を悪戯に煽るような国内のメディア報道は寧ろ俯瞰的に物事を把握するのに妨げになるのではないかと思う。
まあ自分は平和ボケしているので現実感が薄いだけかもしれないけど。

ところで北朝鮮のミサイル発射で右翼団体が朝鮮総連の前で抗議している(というか警官に向かって暴れている)風景が出てきたり、大阪のコリアタウンに住む人達の不安の声がインタビューがテレビで流れて来たわけだけど、自国の安全保障が隣国に侵されそうになった場合、その自国民は大衆心理に煽られ民族差別が顕在化する場合があるのは日本の近現代史を見ても明らか。

一連の北朝鮮長距離ミサイル問題に関する国内での民族軋轢を懸念する報道で、ふと思い出したことがある。

その言葉が発せられた場所は書かないが、あるモンテディオの試合で相手チームの外国籍選手にその場の前後の流れから民族差別と解釈されかねない野次がなされたことが最近あった。

繰り返し発せられることもなく一言で終わったから、その場では何も言うことは出来なかったし、そこで言えなかった以上、その人を責めるつもりはないのだが、レイシズムや民族差別に基づく言葉は多様なバックグラウンドを持つ人が増えつつあるこの日本でもコミュニケーション上誤解の元になる。

相手をブーイングするな、味方を叱咤するなということではないが、多様な民族・多様なナショナリズムの否定は人格の否定と同義になる。避けるべきことの一つであることを私たちは都度認識すべきだと思う。

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このページは、が2006年7月 6日 00:48に書いたブログ記事です。

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