手倉森浩氏退団について
まだ当該の報道は読んでおらずセカンドソースでしかないのだが、モンテディオ山形というクラブの継続性の維持という面では浩氏は重要な人材であると思う。
監督と選手との間に立ち、選手からも近い存在として慕われコミュニケーション面では必要不可欠な存在だった。3年前、柱谷元監督不在の3戦でチームを瓦解させることなく維持することが出来たのも彼の選手の掌握力にあったのだと思う。
しかし、クラブの中では不遇であったように思う。
29才で引退後ユース監督を続けていた浩氏。
早くから監督代行を含めトップチームのコーチのポジションを確保していた誠氏と比べると現役を続けた期間の長さもあってか、石崎、植木時代となかなかトップチームコーチスタッフにはなれなかった状況が4年間続く。
2000年の大不振に伴う誠氏の退団と入れ替わりのような形で、トップチームに入るも、柱谷監督は柏時代の同僚東海林氏を懐刀として重用し、浩氏は本業ではないGK担当コーチ。GK指導という面では専門性のある南コーチも当時育成ディレクターとしてチームに居たはずなのに何故?という思いがいつもあった。
鈴木淳氏の監督の時代になって、ようやくトップチームコーチとしての活動に集中できると思ったのだが、何故か今年は6年ぶりに「ユース監督」。
今年の「ユース監督」のポジションはS級ライセンス取得のスケジュール的な都合による暫定人事だと思っていた。来年はトップチームにヘッドコーチとして復帰か、もしくは監督としての起用も期待していた。
これが高円宮杯で常勝の毎年トップチームに選手を送り込むユースチームであればまた話は別なのかもしれないが、来年の「ユース監督」としてのオファーは彼がクラブで積んできた経験を考えると二十代の自分へのステップダウンを意味することになる。
監督としての資質を判断するにしても、事実上の指揮は前述の2003年トロイカ監督代行の3試合だけ。選手とのコミュニケーション力は非常に素晴らしいが、確かにまだ実力は未知数だ。しかし、クラブの継続性という面で見れば、彼が地域リーグ時代の93年から選手・下部組織・トップチームの立場からクラブを複眼的に見続けてきた事実は忘れてはいけない。また、彼が14年間で積み重ねてきた山形という地域・市民とのコネクションは無視すべきではないと強調しておきたい。
今年ある試合で久しぶりに浩さんを見かけた。いつも以上に大人しい印象が強かった。すぐ脇に居たのに、昔とは違い自分から声を掛ける事が出来なかった。シーズン中には流石に書くことが出来なかったが、あの時には既に思うところがあったのだろうと自分では勝手に思っている。
S級ライセンスを取得しているトップチームコーチとして、
監督の資質があるのか1、2年は実力を測って欲しかった。
それすら叶わないままに浩さんはクラブを去ろうとしている。
健二、太田の引退に続く重く深い衝撃だ。
来年の事は序々に明らかになってくるだろう。レアンドロや主力離脱のリスクがあるにせよ、「チーム」が来年向かう方向についてはあまり過大な不安は持っていない。
しかし心配なのは数年後、10年後を見据えた「『クラブ』のこれから」だ。
モンテディオというクラブが積み重ねてきた地域における「経験知」の蓄積が失われ始めるのではないかと危惧している。
モンテディオ山形というクラブはこれから何処に向かっていくのだろう。
今年はこれまで以上に不安でならない。
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