2003年7月から12月までの「WE WANT TO KNOW THE TRUTH」ブログ記事の再構築版です。この後、2004年1月以降の記事は再構築されていませんのでご注意下さい。
また当時の記事の一部の掲載方法についても報告させて頂きます。
監督復帰試合や解任決定直後のリーグ試合(記事1、記事2)、天皇杯3回戦の記事で見た方のレポートとして、他の方が書いたとも読める試合レポートがありましたが実を言うとその方は私自身でした。(他の試合は実際に仲間のサポーターよりレポートを頂いています)
これで真実性が薄れることはないと思っていましたし、一部私が誰かを詮索される方がいらしたこともあり、それが嫌だったので当時わざとああいった方法で当日見た方のレポートとして自分自身のレポートを書いていました。無論信頼の置ける方には当時からカミングアウトしていましたし、面識のある仲間の中には文を見ただけで作者が誰かを見抜き連絡を頂いた方もいらっしゃいました。そう言った方に向けて嫌だったという訳ではないので誤解なきようお願いします。
当時は解任派と擁護派と中立派と3つにモンテディオサポーターが分かれましたが、メディアの情報を自分たちのいいように解釈をする人たちがいたので、敢えてどちらつかずのトーンにしていました。しかし、主に擁護派の人たちでしたが、このサイトの情報を監督擁護側サイトと勝手な判断をし、都合の良い援用に用い、BBS上で他のサポーターへ集団行動を促す人たちには本当に失望し、怒りを覚えていました。
2005年シーズンは厳しい戦いが待っています。またモンテディオ山形を巡る周辺環境も変わりつつあります。しかし、未だにモンテディオ山形に関わる報道で、メディアの情報に対しヒステリックな反応を取るサポーターも存在します。サポーターに求められるメディアの読み方を含むリテラシーもより高度になっていくと思っています。あの時の苦い経験をどう未来に繋げていくかを考え、再公開させて頂きました。
トラックバック、コメント欄をこの記事に限り解放致します。当時の教訓から感じ取られた今の思いを自由にこの記事のコメント欄、もしくはトラックバックで是非お寄せ下さい。
2005/01/16 記
旧WE WANT TO KNOW THE TRUTH!運営者
コメント (4)
サイトを再公開されたこと、熟慮の上の思いきったご判断であろうとお察しいたします。その勇気と主張と行動力に、心から敬意を表します。
当時を振り返ると・・・
ゴシップの第一報が流れて、「まさか!」 と思い、私はとにかく雑誌やwebで情報を集めようとしました。特に、「がってしね」や、閉鎖されてしまった「SUPPORT STATION」を食い入るようにチェックしたのですが、あまりの書き込みの膨大さに、そのときの一週間は眠れなかった記憶があります。いま思い出してもぐったりする・・・。
BBS上は、「記事」と「情報」と「推測」と「希望」と「悲観」と「主張」と「煽り」とがぐっちゃぐっちゃになっていましたね。私は情報だけが欲しいのに、とにかく事実だけが知りたいのに、何がなんだか、とうとうご本人さまの書き込みまで現れ、それに対しても推測と暴言がくり返され・・・チームと山形のためにどうしたらいいのか、を考えたいのに、その整理をつけることはまるでできませんでした。
そこに現れた まとめサイト、「~We Want to Know The Truth!~」。時系列で報道内容を整理してくださっていたので、本当に心からありがたいと思いましたし、このサイトを立ち上げた方(私はすぐに察しがついたのですが)の気持ちを何よりも尊重しなければならないな、と思いました。真実は何なのかを見極めること、そのための入り口を用意してくださったんですものね。まとめサイトの管理人さまは、努めて中立的な表現をされているのがわかったので、判断は自分自身に委ねられているぞ、と自らに言い聞かせながら参照させていただいていました。(正直に言えば、「ところで管理人さんご自身は本当はどっちだと思うわけ?」 というツッコミもしたいところではありましたが、そこをぐっとこらえて。)
自分の意図しない引用のされ方をするのは、本当に不本意ですし、悲しいことですよね。でも、発言の影響力が大きくなればなるほど、ある程度はどうしても発生してしまうことなのかな、とも思います。webに限らず、新聞、雑誌、テレビ・ラジオ、書籍、あらゆるメディアで、誤解と都合のよい解釈によるねじれの議論は常に起こってる。
そのときに大事なのは、希望の光となるのは、意図の探り合いではなくて、「"本当"がどちらだとしても、どうするのが一番いいか、今後のことを考えよう」 という姿勢だろうと思います。誤解は、必ず生まれるものだから、自分も相手を誤解してる、相手も自分を誤解してる、それでも一緒に未来のことを考えようよ、っていうのが、結局は糸口になるんじゃないのかなあ。
・・・スミマセン、まとまりなくいろいろ書いてしまいました。「メディアリテラシー」って、本当に難しいです。私にとっても、永遠のテーマです。管理人さまにはとにかく、感謝・感謝、です。これからも勉強させてください。
ちなみに。試合のレポートは、「あーこれ、装ってるけど、たぶん本人が現地で書いてるぞ」 っていうのは、薄々わかってましたヨ。(でも「装ってる」って意志を尊重して、指摘はあえてしませんでした。)気分害したらごめんなさいな・・・。
投稿者: うーた | 2005年01月17日 00:35
日時: 2005年01月17日 00:35
恥ずかしながら当時の私は、山形系のBBSがこの問題で埋め尽くされてからかなりの間、
BBSへの書き込みや閲覧を絶っていました。自己の精神衛生を優先した『この問題を禁忌としてしまった人』の1人でした。
その間のブログマスターさんの戦いを思うと、本当に頭が下がります。
今読み直しても、両当事者が事実と認めていないのに、事実と『みなして』その上に新たな憶測を
積み重ねていく報道には、思わずぞっとします。いつのまにか憶測・推測が枝葉として増殖していって、
根幹部の真相を覆い隠すのは、この件に限らずマスメディアにはびこる悪弊ではないでしょうか。
まず問題となっている報道は事実か憶測か。憶測ならば誰が得をするのか。
03年の教訓を忘れずに、報道に振り回されないメディアリテラシーを持ちたいと思います。
投稿者: TAMA30 | 2005年01月18日 00:16
日時: 2005年01月18日 00:16
どもども。
お二方のご意見ありがとうございます。今、お二方の熱いコメントに対してもしっかりした回答を書ければと思っています。日曜日夜までには改めてしっかりと書込みますのでどうぞよろしくです。
メディアの側と受け手側、更にはソース側の思惑が複雑に交錯している問題で更に興味本位の内容が含まれるニュースだったので非常に論点がぼやけてしまったのが、混乱を呼んだ一因だと思っています。
また、報道されるニュースはその事象を指し示す全体のホンの切片にしか過ぎないということを忘れてはならないと思います。難しい問題ですが、今後もWEBLOG MONTEDIO FOR GEEKSの方でも当時の気持ちを忘れずにいければなぁと。では日曜日夜を期待しないでお待ちください(笑)どうぞよろしくです。
投稿者: ぶろぐますたあ | 2005年01月18日 22:37
日時: 2005年01月18日 22:37
遅くなりました。
あれから1年半ですねぇ。
今までも大衆操作されてネット上の暴徒と化した人たちのことが凄く怖かったと思っています。
正直、フロントに対する一方的なポピュリズムが起こってしまったのは、問題がある言い方をさせて貰うとある一部の人たちは民度が低いと言ってもしようがないと思います。
フロントにも日刊への総務部長の顔出し報道などで、拙速過ぎるように思える部分もあったし、元監督ご本人の発言が結果一部の方の判断感覚を麻痺させ暴走に至るのをネット上で感じながら、これは情報をまとめないとヤバイよなぁと思ってサイトを運営していました。
あと2001年の幻想を未だに抱いていた人が多かったこと。私は当時既に完全にその幻想を取り戻すのはかなり困難なことであることを感じ取っていたのですが、2001年に衝撃を受けた方の元監督支持は当時も半ば盲信的なものがあったように思えてなりません。それが一連のネット上での騒動に油を注いだと思っています。
TAMAさんの「禁忌として、情報に触れるのを止めた」というのは私の嫌っている「禁忌とした人」と言う定義ではなくて、体の良い言葉を並べて、タブーにした人だと思っています。
例えば、ある掲示板で「私にとって真実は神聖で触れてはならないものだと思う」と公言していた人がいました。
真実は一つしかありませんが、真実に至らなくてもそれを追求する行為を否定するのが信じられなかったことに私は失望していました。これは安易に新庄のあの事件を禁忌にするのと根は同じなのかなぁ。
TAMAさんのようにネット上での騒動に嫌気がさした人の判断はそれで正しいと思っています。情報を絶って後から整理した方がよいという見方も是然りだと思います。寧ろ、私もそうすべきだったのですが、ここまで混乱すると放置も出来ずという感じでした。
メディアリテラシーというのは難しいですが、公平中立不偏不党を旨としながらも、報道の為し手側の論法にはその人なりの手法が入ります。それが報道の一部分でもありますし、それを否定してはならないと思います。報道でリリースだけを発表すれば良いのであれば、新聞社は共同通信社から記事を配信して貰えればいいんだし、テレビ局だったらカメラ回してリリースの文章をリライトするだけでOKになってしまう。(そのレベルの発表ジャーナリズムを地で行くメディアも多いわけですが)
ただ、人間は残念ながら何でも見通せる神様ではなく、主観的な存在です。興味本位の幼屈な報道を繰り返すメディアを含め、情報を仕分ける能力は必要だし、他者とのコミュニケーションの為にも、メディア報道に限らずひとつひとつの情報の意図するところを解釈する能力をこれからも磨いて行きたいと思います。
投稿者: ぶろぐますたあ | 2005年01月24日 00:30
日時: 2005年01月24日 00:30